2012年5月12日
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2012年5月15日
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高道祖神社
ここも子授けで有名な神社です。
たくさんの陰陽を模した石や木が備えられています。
また、社務所では男根と女陰を模したお餅が売られていてそれを家に持って帰って食べると子供が授かると言われています。夫が女陰型を、妻が男根形を食べるのだそうです。これも男女の交わりのメタファーなのでしょうね。
毎年お祭りもしています。祭りの時期には屋台も出ますが、地元の人達だけでひっそりと行われているお祭りのようです。
2012年5月15日
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お祭り
全国各地で行われるお祭りにも性のことが絡んでくるものがあります。
茨城のかすみがうら市牛渡・鹿島神社では毎年平三坊というお祭りが行われます。
豊穣を感謝し、祈る祭だということですが、生産、生命のメタファーとして男根が登場します。
ひょっとこのようなひょうきんな顔立ちの平三坊が男根形の木の棒をふりまわします。精液を飛び散らせるのは種まきのメタファーとなります。
オカメの面をつけた親子が登場します。母親のお腹は大きく膨らんでいます。平三坊は男根でオカメの女陰をつっつく所作をします。親にも子どもにも同じようにします。
性交渉のメタファーをお祭りで演じるわけですが、そこには後暗さなどはありません。みんなげらげらと笑いながら見物しています。
しかし、戦争中は風紀を乱すということで警察からお咎めもあったそうです。その時は単なる木の棒で演じられました。
いつからはじめられたお祭りなのかはわかりませんが、江戸時代ころから始まったんじゃないかと言われています。使われている男根形の木の棒は古い方は明治の頃に作られたものだと言われています。痛みが激しいために昭和に入って新しいものが作られました。古い方も現在も使われています。
とても素朴な村祭りといった感じがしていいお祭りです。屋台もいくつか出ていて子供たちは楽しそうに遊んでいます。
いつまでも守られてほしいものだと思いますね。
2012年5月15日
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石神神社
守谷市にある石上神社は子宝を授ける神社として知られています。
そういうところに行くと大抵たくさんの男根の形をした石像や木の像を見つけることができますね。
この石上神社もまさにビンゴでした。
ガイドブックなどを見てもそのようなことは描かれていませんが、祠を中心にして男根がたくさん取り囲んでいます。
古代の信仰の対象は木や石でした。それを特殊な形で象ることによってますます神聖さが帯びることになります。
特に生命を誕生させる男根や女陰はエロ以上の意味を古代の人は持っていたのかもしれません。
石神は耳の病や安産、良縁、子育てなどに霊験があると信じられています。男根、女陰をご神体としている神社も全国には多いです。
この石や木を性器の形にするという考え方は賽の神やコンセイサマ、道祖神などにも受け継がれていくこととなります。
2012年5月15日
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その他にも
水戸や土浦以外にも水戸にはカフェーや料亭の名残があるところやスナック街がある土地はたくさんあります。温泉街もある玉川村や古河、潮来、神栖、大洗などがあります。興味があるなら訪れてみるのもいいのではないでしょうか。
特に興味深いのは神栖ですね。ここにはソープランドがあります。
ちょっと中心から外れたところでソープがあるのは珍しいですね。しかし、地方を探せばこういうところもあります。
大きな道路が通っている街なら道路沿いに風俗店の看板が出ていて宣伝されていることもありますね。地方では車を持っていて車で移動するのがデフォルトなのですからあちらこちらからやってくる人も多いのでしょう。
また、このあたりの地域ではソープのことをサウナと呼んでいます。
風俗の看板以外にも面白い物を見ることができます。
大きな道路沿いによくある石材店の展示場ですが、このなかにお墓の石などにまじってでっかなペニスの石像が!!亀頭のシワや筋、玉までしっかり表現されています!なぜこんなものをつくって展示しているのかは不明です。
2012年5月15日
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土浦
水戸を離れて別の土地のことも紹介していこうと思います。
土浦も風俗がとても多い地域です。
土浦駅の駅を降りた西口の商店街はすでに風俗街が集まるスポットとなっています。
昼間でもけばけばしい看板にくらくらしてしまうほどです。
もともとは土浦には遊郭がなかったのですが、戦後になってから栄えていったと思われます。桜町二丁目近辺にはソープが立ち並んでいますが、西口から10分ほど歩いて行くと赤線地帯の名残を見つけることができます。
また、桜川、桜町という地名からもわかるとおり、さくらの名所としても知られています。
川べりの桜が今の時期はとても美しいです。
この土地はとくに複雑に新旧の風俗が入り乱れている地域のように思われます。
古い赤線時代の特殊飲食店の看板などが派手な看板に混じって見えたかと思えばスナック街も広がっています。更にはソープ街ととても広がっていった地域です。
中心の地域からは少し外れにある土地だからこそこのような発展の仕方が遂げられたのかもしれませんね。
もともとは宿場町だったのだそうですが、戦前になって海軍予科練の兵士たちが多くなった地域のために飲食店や慰安需要が高まって発展していったようです。
また、関東の地方都市特有の発展の仕方もあいまっていてガラの悪い人たちや労働者のための発展の仕方をしていったのがこのような形になったと考えられますね。
路地の裏をどんどん入っていくと怪しげな空気がどんどん濃く立ち込めていきます。
地元の人達の間では裏風俗があるということはよく知られている地域ですし、まあ、何にせよあまりこのような路地に立ち入ったり、深入りするのはおすすめできないところではありますね。
治安もわるく物騒な事件も起きています。
2012年5月15日
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谷中
3つ目の水戸の風俗街ということで谷中花街を紹介しようと思います。
こちらも明治にはいってから形成されていった地域です。
練兵場が近くにあり、そこの料理屋に兵隊さんが出入りするようになってから形成されていったそうです。軍隊と共に繁栄していった街のようですね。
このあたりも特殊飲食街が多かったと考えられます。カフェーや料亭がたくさんあったのでしょう。いまでも古い建物の家や屋号が出ている建物を見つけることができます。
谷中という地名は地形が高台に囲まれた谷型だったことから付けられたそうです。
この地域の中でもとくにめだつのが「喜楽荘」という名前のりっぱな旅館です。赤い屋根が目印となってとても目立ちます。
この他にも水戸は歩きまわっていると古い町並みや建物が残っているのをたくさん見つけることができる場所です。
観光地的には「水戸のロマンチックゾーン」と読んでいます。
震災の影響もあって古い建物が取り壊されてしまったり、維持できなくなって売却されて空地になったりと歴史的な価値のある建物も全国各地から消えて行ってしまっていますが、水戸のような歴史のある街なのですから雰囲気を消さないためにもいつまでも残しておいてほしいなと思いますね。
2012年5月15日
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奈良屋町
水戸駅のある周辺は現在は宮町という地名になっていますが、昔は奈良屋町という名前でした。ここはかつては遊郭があったところです。
戦後も奈良屋町はカフェー街として賑わっていました。いまでもその名残の建物を見ることができます。全盛期には40軒ものカフェーが軒を連ねていたようです。
飲食店や風俗店が若干残って入るもののほとんどが姿を消して普通の住宅街となっています。
水戸という土地はそもそも江戸からも近く、水戸の徳川家が治めていたところということで中核的な役割を持っていました。
川と湖に挟まれていて高台には武家町が、低地には町人町が形成されました。高台を上市、低地を下市と読んでいました。
お殿様が住んでいる時代にはなかなか大工町のあたりには遊郭を作ることができないものですが、いつごろ水戸の遊郭は形成されていったのでしょうか。
江戸時代が終わって明治に入ると民間の事業として上市のはずれの大工町を整備してそこに芸妓屋を設置しました。そこを中心にしてたくさんの家屋が作られるようになりました。
奈良屋町の方は大正から昭和の初期にかけて特殊飲食街として発展して行きました。
どちらも江戸時代が終わってから発展していった街ということですね。
おそらく大工町が許可を得て営業をしていた赤線地域、奈良屋町のほうが飲食店として営業をしていた無許可の風俗街、青線地域ということになるのでしょうか。
2012年5月15日
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クイーンシャトー
大工町のソープランドを歩いているとその中でひときわ目立つ建物を見つけることができます。
それはソープランド「クイーンシャトー」です。
敷地面積は600坪。五階建ての建物で、子供向けの童話に出てくるようなメルヘンチックな建物をしていて、壁にはトランプのクイーンの図柄がでかでかと描かれています。
オープンしたのは1980年。バブル真っ盛りの時代です。総工費8億円をかけて作られた建物だそうです。
これが作られた当時はトルコ風呂という名前で呼ばれていたクイーンシャトー。一体中はどのようになっていて、どんなサービスが繰り広げられたのか気になりますが、現在は立入禁止で内部を見ることはできません。
五階建ての建物なのですが、客室は全部で16部屋。一部屋の広さは20畳近くあったと言われています。内装もこれまでに類をみたことがないほどの豪華さでまさに絢爛豪華なソープランドだったそうです。
待合室も4つあり、3つはこれから利用する人のための部屋で、もうひとつは帰りに休憩するための部屋でした。
エレベーターは2基設置してあってお客同士が鉢合わせしないように配慮されていたものと考えられます。エレベーターの中にもソファーが置いてあるほどだったそうです。
1,2階は吹き抜けになっていて8千万円のシャンデリアが天井からぶら下がっていました。そして、その下には噴水・・・なんかここまでくるとまるで冗談みたいですね。
経営難になってしまったのか何なのかはわかりませんが、現在は幽霊スポットとして地元ではしられています。また、数年前にはボヤ騒ぎも起きているようです。
2012年5月15日
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水戸の風俗街
では、さっそく水戸の風俗街について紹介しようと思います。
水戸で一番風俗が盛り上がっているところといったらやっぱり天王町から大工町のあたりです。ここにいけば男性なら大概いい気分を味わえるんじゃないでしょうか。
水戸の駅からは少し離れていて、駅として近いのは偕楽園駅です。
日本の三大名園のひとつである、偕楽園のすぐちかくに天王町はあります。
天王町のあたりはデリヘルなどのお店が多いです。なかなか目立つ看板やネオンが多くて夜になってくるとぎらぎらと眩しい地域です。
大工町の方へ行くとそこはソープ街となっています。大工町の入口のあたりには昔は「水戸大工町三業組合」と書かれたアーチがありました。しかし、現在は撤去されていてありません。
ソープランド街ですが、昔からあった歓楽街のようで、古い町並みや料亭の名残のような建物もいくつか目に入ります。
また、水戸三業組合の三業というのは「芸妓置屋」「待合茶屋」「料理業」の三業だと言われています。これはつまり昔からある風俗業のことですね。
大工町を歩いていると三業組合の建物も見つかります。このあたりの自治を束ねているのだと思われますが・・・。
また、わからない人もいるかもしれませんが、この「料理屋」とか「料亭」というのも風俗のお店のことを指します。
裏風俗とか、チョンの間とかいう言葉を聞いたことがある人もいるかも知れませんが、一見するとただの飲食店なのですが、実はそこの奥の間で行われているのは従業員女性と客の本番行為・・・というわけなんですね。
有名なところはやっぱり大阪の飛田新地でしょうか。あそこも街のあちこちに飛田料理組合などといった看板がみつかります。
大工町も昔は料亭などが立ち並んでいて活気があったのでしょう。今もたしかに風俗街なのですが、料亭などは建物は残っていても現在は営業はされていないようです。
そのかわりソープのお店がたくさん立ち並んでいます。
2012年5月15日
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水戸のディープゾーン
こんにちは。
このブログでは水戸のディープなところをいろいろと紹介していきたいと思っています。
普通の観光ガイドを見ても載っていないようなところやあまり紹介されないようなスポットをたくさん紹介していこうと思っています。
特に、エロにまつわる地域が中心になっていると思いますね。
そういうところや話が好きな人はこのブログを読んで楽しんでもらえるかなあと思います。
まあ、あまり文章力もなく、伝わるかどうか不安がありますが、マイペースに書いていくつもりですので気楽に読んでいただけたら嬉しいです。